【感想】楡家の人びと(第1~3部)/ 北 杜夫
諸行無常。盛者必衰。日本人ならば学校で習った記憶があるはずの言葉。物事は常に移り変わり、勢いのあるものは、時間と共に必ず没落するものだ。それが世の中の理である。
この物語のテーマも盛者の没落だといえる。
大病院を一代で築いた楡基一郎とその一族が、優雅な貴族生活から時代の流れと様々な災いに翻弄され、没落してゆく様が描かれる。
この小説の特徴は、楡家一族それぞれが持つ強烈なキャラクターである。
貴族育ちの能天気さを持ちあわせているが故に、人間の弱さを隠そうとせずに育ったのだろうか、各々は、それぞれ人間の弱い部分を象徴しているようだ。例えば、米国(よねくに)の患ってもいない病気に患っていると吹聴する心理や、政略結婚という貴族文化に真っ向から反発する桃子の心理、更には、医学研究者として名を挙げるという野心を捨てきれず、家族を蔑ろにしてしまう徹吉の心理。
それらは、道徳に反するような行為なのかもしれないが、人間的であり、愛らしい。これらの登場人物が没落しゆく流れの中で、それぞれの思惑や苦悩を持ち物語を作りだしているのは、この物語の1つの魅力だと思う。
この小説のもう一つの側面は、「戦争小説」である。第三部では、楡家の男たちが、太平洋戦争に徴兵されていく。
食料の行き渡らなくなった孤島で餓死と戦う俊一の物語や、空母の専属医師として働く城木の物語は、戦争の悲惨さをリアルに描く。
僕たち、戦争の知らない世代では、戦争といえば、敵国との殺し合いが一番に頭に浮かぶが、その裏で兵士たちが「餓え」で命を落としている事実は、なかなか知らない。戦死者の6割は、食料供給の滞りによる敵地での餓死が原因で死んでいるのだそうだ。
この兵士たちの「餓え」に関して言えば、大岡昇平さんの「野火」という小説を思い出す。戦場で餓えに狂った兵士が、最後に味方の人肉に手を出すかと葛藤する物語だ。
この作者はいう、
「戦争を知らない人間は、半分は子供である。」
あと数日で、終戦から69年を迎える。
僕たちは、戦争を知らない子供であることを自覚しなければならない。