【感想】破戒 / 島崎藤村
ただ一つの希望、ただ一つの方法、それは身の素性を隠すより外にない、「たとえいかなる目を見ようと、いかなる人に邂逅おうと決してそれは自白けるな、一旦の憤怒悲哀にこの戒めを忘れたら、その時こそ社会から捨てられたものと思え。」こう父は教えたのである。
自分が穢多であることを周囲に悟られないよう隠し通して生きてゆけとの父の戒めを守り続けてきた学校教師の瀬川丑松。ある事件をきっかけに父の戒めを破る事になってしまい、社会から酷い仕打ちを受けことになってしまう。穢多への社会的差別の実情と、後ろめたい素性を持った人間の憂鬱が描かれた作品。
この物語の結末は、主人公丑松が学校教師の職を追われ、穢多への社会的差別という現実に敗北するというものです。
しかし、単純なバッドエンドと言われればそうでもないのです。
それは、主人公丑松が穢多への差別を度外視して交友できる親友を持っていたし、教師として生徒からの大いなる信頼を受けていたからです。
社会から見れば、敗北したように見えるかもしれませんが、真の友情や周囲からの信頼を勝ち得た主人公丑松は、精神の世界では勝利しているようにも思えます。
名声や財産という社会的な面で敗北し、代わりにもっと大切なものに気づいたという結末を迎える話は、多くあります。
このような価値観の転換を読者に与える小説は個人的にとても好きです。