【感想】赤と黒(上)(下) / スタンダール

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野心家である事は、悪い事なのだろうか?
世の中では、野心的である事は、道徳に違背しているようで、人間の悪い性質の一つであるかのように扱われる。
しかし、野心的であることは、言葉を変えると「向上心」とも同義のようにも思える。平等主義の世界から頭一つ出たいと願う人間を向上心持たぬ保守的な人間たちが難癖つけて止めようとする。それが野心家が批判する世の中の構造であり、野心家が悪だと扱われる一つの原因になっているのではないだろうか。


この物語の主人公ジュリアンも野心家である。
材木屋の家に生まれながらも、明晰な頭脳を持ち合わせた彼は、若い頃から僧侶として身を立てる野心を持ち、ラテン語の勉強と聖書の暗記を続ける。その努力が功を奏し、彼は僧侶の世界、また貴族の世界に少しずつ足を踏み入れ、身を立てることに成功してゆく。
彼が物語の中で見せる胸中で他者を馬鹿にする態度や打算的な思考は、おそらく多くの人間にとって、偽善的に映るのだろう。しかし、これが向上心を持ち合わせた人間の性質ではなかろうか?ジュリアンは、全ての人間を馬鹿にしていたわけではない。彼の正義心に従って、尊敬すべき人間を尊敬し、軽蔑すべき人間を軽蔑していただけだと思う。己を向上させ前進させるためには、やはり正しき人間に目を向け、交際してゆくことが一番良い。向上心を持つ人間には、人間を選別すべき能力が備わっており、それが道徳的批判を生むのだろう。

この物語のもう一つの側面は、恋愛小説である。
彼が身を立てていく過程で出会った2人の女性との恋愛が描かれる。
1人は、献身的な性格を持ったレナーヌ夫人、もう1人は侯爵の令嬢であり自己中心的な性格を持ったマチルド。ジュリアンが、2人の対照的な性格を持った女性を口説き落としていく様は、やはり打算的である。しかし、恋愛が進むに連れて、彼は持ち前の冷静な判断を失い、最後には自らの身を滅ぼす結果になってしまう。
恋愛におけるジュリアンと女性との間の心理は事細かく描写されており、その変化が面白い。特にマチルドの一瞬、一瞬で気持ちが変転してゆく態度は、「女心と秋の空」という諺が似つかわしい。対照的にレナール夫人の自らが殺されかけたにも関わらず相手を愛しみ続ける献身的な態度は男性の自分としてはまったく信じられない。

心理的描写が多く、物語の展開はゆっくり進んでゆくが、野心家というキャラクターが打算的、厭世的に物事を観察し、そしてたまに正義感を発揮してゆく様は、読んでいて痛快さえ感じた。

 

赤と黒〈上〉 (岩波文庫)

赤と黒〈上〉 (岩波文庫)

 

 

赤と黒〈下〉 (岩波文庫 赤 526-4 9

赤と黒〈下〉 (岩波文庫 赤 526-4 9