【感想】武田信玄(1~4巻) /新田次郎

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「日本はいま郡雄割拠の時代ではあるがこの時世がこのまま永続するものとは思われない。誰かが日本を統一しなければ民(たみ)百姓は安心して生業につくことはできない。強い者が弱い者を征服し、その強いものをさらに強い者が征服するのだ。弱い者は亡び、強い者は生き残るのがこの戦国だ。ところで、その戦国の時代に一番必要なものはなんであろうか。金も必要だ。新しい武器もほしい。産業も興こさなければならぬ。治水もやりたい。甲斐の民が安らかに生きていくための法度も要る。そちたちは、他国を歩いて、これらのことを調べて、その智識を土産に帰参して貰いたい」(風の巻・116)


戦国武将といえば、自己の野心である天下統一を目指し、私利私欲を満たして民を蔑ろするような印象を持たれる事が多い。しかし、武田信玄は、そのような武将ではない。彼は、弱い人間が不幸な思いをする戦国の世を終わらせ、民が安心できる平和な世を築くために天下統一を目指したいう。

この民を第一とした理念は、戦を行う上での規律や、彼の政治に反映されている。

戦では、兵に対して、敵陣の民家を襲い、食料を奪うような事は決して許さず、民の心を大切に扱った。また民のための政治に関しても、信玄は心を砕いていた。冒頭の言葉は、天下統一した後、民の生活を守れるよう、全国各地に家来を派遣し、技術を学ばせてこようとした場面である。政治に関するエピソードは、他にも次のようなものもある。

「信玄は戦地によく工事奉行を連れて行った。戦をするためでなく、その土地を検分させるためであった。信玄の頭の中には、戦いのすぐ後に来る、治安と経営があった。新しく手に入れた土地に新しい政治をするためには、工事奉行の知識を借りねばならなかった。ただ戦いに勝って、領土を拡張するだけでは、ほんとうに占領したことにはならないと考えていた。20年という長い時間をかけて信濃を制圧したが、いまやその信濃は、完全に信玄のものになっていた。それは戦いの後の政治に信濃の民が満足しているからであった。」(火の巻・276)

信玄の領土にいた民は幸せだったと思う。民衆の幸福を考えてくれる領主の元であれば、やはり領主のために戦いたいと思うのが人の心情ではないだろうか。

武田の軍は、信玄を中心にいた盤石な統制力を持っていたという。それは、将である信玄の人柄に触れ、この将に天下を治めてもらいたいという心からの願いが、そのような形になったのではないだろうか。

 

 

武田信玄 風の巻 (文春文庫)

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