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【感想】(新版)きけわだつみのこえ /日本戦没学生記念会 編

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

 

己の人生に死を約束された人間は、何を考えるのだろう?

しかも、それが己の過ちではなく、志を果たすべくでもなく、ただただ運命として与えられたものであるならば、苦悶に満ちたものになるだろう。

 

この本は、戦時中に徴兵され、戦没していった学生たちの手紙や本人が書いた日記を編纂したものである。

 

戦場に向かう直前に家族や恋人に送った遺書、戦争を続ける権力者への怒り、死と対峙した人間のある種の悟りや苦悶、葛藤・・・そういったものが文章として残されている。

その一遍を紹介したい。

 

「正直な所、軍の指導者たちの言う事は単なる民衆煽動のための空念仏としか響かないのだ。そして正しい者には常に味方したい。そして不正なもの、心驕れるものに対しては、敵味方の差別なく憎みたい。好悪愛憎、すべて僕にとっては純粋に人間的なものであって、国籍の異なるというだけで人を愛し、憎むことは出来ない。もちろん国籍の差、民族の差から、理解し合えない所が出て、対立するならまた話は別である。しかし単に国籍が異なるというだけで、人間として本当は崇高であり美しいものを尊敬する事を怠り、醜い卑劣なことを見逃すことはしたくないのだ。(p.206 佐々木八郎)」

 

「日本人の死は日本人だけが悲しむ。外国人の死は外国人のみが悲しむ。どうしてこうならなければならぬのであろうか。なぜ人間は人間で共に悲しみ喜ぶようにならないのか。平和を愛する人。(p.275 岩ケ谷治禄の手記)」

 

「戦争の倫理性なんて有り得るものであろうか。人を殺せば当然、死刑になる、それは人を殺したからである。戦争は明らかに人を殺している。その戦争を倫理上是認するなんて、一体倫理は人を殺すことを是認するのか。(p.215 松岡欣平)」

 

「日本軍隊においては、人間の本性たる自由を抑える事を修業すれど、謂く、そして自由性をある程度抑えることができると、修養できた、軍人精神が入ったと思い、誇らしく思う。およそこれほど愚かなものはない。人間の本性たる自由を抑えよう抑えようと努力する。何たるかの浪費ぞ。自由性は如何にしても抑えることは出来ぬ。抑えたと自分で思うても、軍人精神が入ったと思うても、それは単なる表面のみのことである。心の底にはさらに強烈な自由が流れていることは疑いない。(p.372 上原良司の手記)」

 

政府は、敵国を怨み殺すように兵士たちに軍国主義をすり込もうとする。しかし、人間の自由な感性は、そう簡単に染まらない。健全なる人間の目からみれば、戦争という名の殺人が狂っているものであることは明らかな事である。政府が押し付ける軍国主義という思想と、己の自由意志との間で葛藤を抱えている兵士たちはたくさん居たのだろう。

 

「あれもしたい、あれもせねばならぬ。あれだけはしたい、あんなことはもっとしたいとなかなか希望が多く、理想高く、君以上に生に対し、人生に対し、欲張りかも知れぬ。長年積んで来た浅いながらのこの学識と、築きあげた人格を持って、自分の力相応に社会的に思う存分振る舞って、何かの形の役立ちを見なければ生れて来たかいのなき苦しみを、しみじみ感じてはじっとしておれないのだ。(p96 篠崎二郎)」

 

己の志、夢を果たせぬまま、戦争という形で自分の人生を終わらせなければならない学生たちも多かったのだろう。志のために学び、努力し、日の目を見る日を待ち望んでいた学生たちを無残にも死という運命に突き落としてしまう戦争とはひどいものだ。そして、こういった多くの夢を奪うのは、決まって少数の権力者のエゴである。

 

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)